あゆみ

日栄商事株式会社のあゆみ

昭和22年8月戦後の混乱期の中で武力を放棄した日本の歩むべき道として世界の列強と肩を並べて生きて行く為には、経済国家の樹立以外ないという信念から当時金沢商工会議所の会頭職にあった故中村栄俊は二つの目標を掲げました。
一つは文化遺産の継承、一つは商事会社の設立でした。

文化遺産は昭和50年7月財団法人中村記念館の建物、美術品全部を金沢市へ寄贈し、現在の金沢市立中村記念美術館として金沢市による運営がなされ初期の目的が達せられました。

商事会社の設立については金沢市武蔵ケ辻の旧丸越百貨店の3階に中村商事部の看板を掲げ商事会社設立の拠点を作りました。
仕事は今でいう情報収集が中心のものでした。

GHQによって旧財閥が解体され、同ビルの3階で営業しておりました三菱商事金沢支店も解散を余儀なくされたので、この支店の有志と共に資本金195千円(当時資金調整法によりこれ以上はGHQの承認が必要)で日栄商事株式会社を設立しました。

事業内容は有機質肥料、農薬、農機具等の卸売りで統制外商品が主でありました。

以後国を挙げての食糧難で米の増産体制の中ではありましたが、販売商品の少ない状況で苦しい営業活動の連続でありました。

昭和23年7月 福井で独立した葵商事が営業不振となりこの救済をもとに福井営業所を開設しました。

昭和23年11月 農薬特約店の第一号として旧三共株式会社の指定を受けました。

昭和24年8月 丸越三階より金沢市下堤町71番地へ本社を移転しました。

昭和24年9月 資本金1,000千円、昭和26年12月資本金2,500千円、昭和30年11月資本金6,000千円、昭和33年5月資本金10,000千円に増資。

昭和25年8月 肥料公団が廃止され、統制が撤廃されました。

昭和30年11月 本社を金沢市長土塀3-5-1へ新築移転しました。

昭和33年7月 福井営業所を福井市大手2丁目13-2へ新築移転しました。

昭和37年5月 英国製ポタートン温水ボイラーを主体とする空調機器の卸売を開始しました。

昭和41年に入り空調給排水設備の設計施工を開始しました。

昭和43年10月 東洋キャリア工業株式会社北陸地区総代理店となり主として業務用空調機器の販売を開始しました。

昭和46年2月 コルゲート管を主体とした農業土木関連事業を開始しました。
同年米過剰による国の減反政策が始まりました。

昭和46年4月 本社社屋新築の為、資本金を20,000千円に増資し、その資金は土地購入に当てました。

昭和47年6月 故中村栄俊が会長、故中村外志郎が社長に就任しました。

昭和48年7月 本社社屋並びに倉庫建設の為に資本金40,000千円に増資しました。

昭和48年12月金沢市南新保町に本社社屋並びに倉庫を新築移転しました。

(この間、業績は高度経済成長と共に比較的順調に推移しました。)

昭和54年8月 富山市安養坊に富山営業所を開設しました。

昭和54年9月 福井市問屋町(現在地)に福井支店社屋、並びに倉庫を移転しました。

第52期昭和62年10月をもって総売上高31億2千3百万円と30億円の大台を達成いたしました。

平成2年3月、中村哲郎、旧三共株式会社より入社。

平成4年 旧三洋電機(株)と空調機器販売の契約を結びました。

平成4年6月 北陸スカイテック(株)設立。

平成4年8月 富山市豊田本町(現在地)に富山営業所事務所並びに倉庫を新築移転いたしました。

平成6年3月中村雅人IBMより入社。

平成9年8月6日に創立50周年を迎えました。

平成10年 社内LAN形成、ホームページ開設しました。

平成12年4月 社員研修制度を構築・実施。

平成14年4月 ISO認証取得。

平成16年2月 日栄商事㈱社長に中村哲郎が、北陸スカイテック㈱社長に中村雅人が就任しました。

平成26年8月 問屋町倉庫開設 北陸スカイテック(株)本社を問屋町に移転。

第80期平成26年12月をもって、総売上高52億5千6百万円と50億円の大台を達成いたしました。

豊かな実り、緑の環境、人に優しい快適な環境の創造を通して顧客の満足、社会の繁栄に貢献する企業を目指しています。